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4/5 伝えておきたかった話

紙から電子に移行するために、とりあえず紙を全部売ろうと決意しました。写真に撮ったけど、これは『本棚に入る分』なので、実際はこれ以上にあるんだよね。

今までは紙も「既刊を買ってるからとりあえず新刊も買う」みたいなノリで、義務のように買ってたから、あまり読み返したりもしてなかったし、一度リセットさせて、「買ってるから買う」ではなく「読むために買う」としていこうね。

ということで、コミックは1巻からずっと買ってたけどあまり読み返してなかった僕のヒーローアカデミアを読み返してたけど、やっぱり人気作には人気作たる意味があるねー。やっぱり面白いもん。飯田くんが好きです。

 

毎日ブログを更新しようとしてるけど、結局書くのはアニメや漫画の話ばっかり。私自身が自分の中身を語ることが苦手なのです。誰にも心を晒せず、人を信用信頼することもできないし、語るにしても表面しか人に晒すことができない。

そんなこんなで溜め込み過ぎて、実は4月に死ぬつもりでした。

死ぬ結論に至ったのは色々な理由があるけど、何をしても報われないし、誰かを愛することもできないし、これから先の人生考えてもただただ枯れていく姿しか想像つかない、何も楽しくないという思いからノイローゼになりウツのようになり、3月に実家から帰ったら身辺整理して死ぬつもりでした。

去年から今までずっと、ウツのような状況、多分心療内科で診察すればウツと診断されてもおかしくないけど心療内科に行かない、「シュレディンガーのウツ」状態でした。何もしたくない、外に出ても何も楽しくない、一応フィクションを楽しむ余裕はありました。フィクション作品に触れている間は自分というモノが無くなって楽でした。もはや私の3次元としての存在は死んでるも同義の状態でしか存在していませんでした。

3月に映画見まくってたのも、生きる希望がほしくて、実は抗うように見てたんだよね。

私のツイッター見てた限りだとそういう感じ多分無いよね。そういう話は極力しなかったもん。楽しいことを呟いてないと原形をとどめられなかったから。いやむしろ呟いて原形を壊してたからぬるぬる生きれてたのかな。

 

外見ても、帰省するときに景色を見ても、死に場所を考えることしかできない状況でした。そしてもう死ぬつもりだと母親に話しました。

結論から言うと話して良かった。多分こうやって腹割って話すの初めてだったから。母親も母親で色々と苦労してきて、死ぬ寸前まで追い詰められたけど子供(私と妹)に救われたこと、そんな子供に死なれると今でも死ぬかもしれないことを聞いて、愛されてるということを初めて体感できました…。少なくとも、こんな母親を殺さないために生きなければいけないということに気づかされました。

どんな未来だろうと、支えるから自由に生きろ。でも死んだようにだけは生きないでと。その言葉一つで生きようと思えるくらいから、私はちょろいのかもね。

とりあえず、生きてます。でもこのまま大学を続けていたらまた潰れてしまうかもしれないので、いつでも辞めれるように、今は身辺整理だけはしてます。モノを捨ててると今までの自分を捨ててるような感じになれてすごく楽しい。実はマンガの電子移行も、いつでも死ねるようにモノを減らすための行動だからね。家具もモノも全て消して、ミニマリストを目指します。

 

実は死ぬから見るつもりもなかったアイドルタイムプリパラも見たし、私の世界は変わってるのかもね。とりあえず死にたい話は終わり!人生のレールとかもうどうでもいい、というかレールに乗ってたら潰れてしまうから、全てを壊して、とりあえず自由に生きようかな。そういうのを意識しすぎて視野が狭まってた節あるし。