4/8 四畳半の聲の話

いつも日付変わってからブログ書き始めるから日付間違えやすいんだよね。パソコンの右下見るともう9日だもん。そもそも記事にしたら上に04-09って書かれてるしなんで日付つけてるんだそもそも投稿日時は設定画面で捏造できるんだから頑張れよっていう話は無しで。

 

やっと見終わりました四畳半神話大系。MXで再放送してたけどLWAの後に見るものではなくて、LWAの余韻のまま寝たかったりして、録画して後で見よう後で見よう思ってたらもう4月。

実は4月入ってからちょいちょい見てたけど、今やっと見終わって、というか今日5話から最終話まで見ました。すごく疲れるんだよね。アニメ内での言葉の回し方や演出、さすが湯浅監督!って感じなんだけど、同じことの繰り返しで、小津とのファーストコンタクトがワーストコンタクトであり、そこから振り回されて結局はやり直す。っていう。

その繰り返しを見るのが辛くて、こんなこと言っちゃってました。もちろん、最終話まで見たらこれに何の意味があったのかハッキリわかってド肝抜かれたけどね。

タイムリープでなくパラレルワールド。やり直したいと願うがどの世界線でも小津がいて、小津がいない世界線を選ぶと孤独となり小津と会うことを望む…。ものすごくHOMOですよね。強くないですか?

 

結局は最終話のために今までの流れがうまく作られてるし、途中途中で小津以外の人たちがどんどん絡んできて、同じ刻の違う世界線でも1話と9話では感じ方が全然違ってくるし、パラレル部分は辛い部分もあったけど結局思い返せば楽しかったって感情が出たから良かったなんだろうなぁ。

ホント湯浅監督には驚かされてばっかりだよ。原作の凄さが映像からも伝わってくるし、そもそもアニメ化させることがすごい。

 

 

そして聲の形も読んでます。映画見たから原作とも向き合わないとね。

過去の記事貼りつけたけど、今更映画1回目見たときどう思ったかとか読み返さないよ私は。恥ずかしいもん。

原作読んでると映画が上手く作られてたなぁーと驚かされるばっかり。映画製作のパート全部削ってたんだね。あそこ切れるってなかなかの英断だよなぁー。まあ必要なところを上手く切り抜いて綺麗に繋げて、実際原作よりも映画の方が綺麗にまとまってる感じはあったりしたよ。

 

でも映画製作を切ったことで真柴くんの存在が霞んだのは事実…。映画(と遊園地くらいまで軽く原作を読んでた私)では真柴くんの扱いが「河井と一緒にいるし登場が唐突だから石田を貶める危ういやつかと思ったら素直に良いやつ(フラグクラッシャー)」て印象だけだったもん。

原作だとイジメられていた過去からイジメを嫌う描写や、ちょっとしたコンプレックスですぐ傷つける子どもの純粋な悪が許せなかったり、そういうシーンから来る正義感と石田の後ろめたさが上手いこと物語に闇を作ってたからね。結構重要な存在だったよ。

そして映画だと石田の主観でしか語られてなかったから、入院中にそれぞれに焦点が当たるのがすごい嬉しかった。植野や川井目線が見たかったからね。クズ女大好きマトイリですが、河井のクズさは苦手です助けて茜先生ーーーッ!!

 

実は7巻まだ読んでないので最終巻楽しみ。そして、夜は短し恋せよ乙女も見に行きたいな。